7 Wonders

フォース・ワンダー(遠い過去から待っていた真っ白い猫)



 ナンホロのユーレイ巨木の次には町全体が遺跡と言われるホーロイを訪れることになった。カナのオンボロコンピューターに残されたフォーラムの書き込みによれば、この町に何かがあるらしい。このホーロイはカナの住んでるナエホやガラスのピラミッドのあるタルホのようにはコンピューターに代表されるようなキカイの導入は進んでいない。いわば、現代に紛れ込んだ悠久の過去。保守的だと評されることも多い。
「……ツカサ、ツカサ、ツカサちゃんはどこかしら……」
「前から気になるってるんだけど、ツカサって何? 誰? 食べ物? おいしいの?」
 完全に色気より食い気のトワに言われるとあきれるのも通り越してしまって、もはや、突っ込む気力すら湧いてこない。
「キミって、二言、三言目には必ず、おいしいのって訊くよね? トワってそんなにいつもおなかをすかせているのかな?」
「そ、そんなことはないもん」
「ホントかなぁ〜」
 カナはコンピューターの前を離れて、トワの目の前にしゃがみ込んだ。そして、頭をぽふぽふ。それから、耳を引っ張ってみたりして、遊んでみた。
「……。ごめんなさい。本当は"いま"おなかがすいています……」
「ほら、やっぱり。おなかがすいてるなら、すいてるって素直に言わないとダメだよ」
 と言ってカナは階下の台所に足を運んだ。
 この間は物凄い組み合わせの食べ物を持ってきたけれど、今日はダイジョウブだろうかと多少の不安をトワは感じていた。だから、おなかはすいても、自分から何かちょうだいとは言いにくいのだ。
「ト〜ワちゃん! 今日のおやつは……これだ!」
「……。……この真っ黒いかたまりはあの、その、何なのかなぁ、なんて……?」
 トワは尋ねるのもはばかられるかのようにオドオドと言葉をつなぐ。
「ホットケーキだよ」自信満々にカナは言う。
 しかし、どう見たってホットケーキはおろか、食べ物にすら見えはしない。
「これを食べて、おなかを壊さない……?」
「壊さないから、食べなさい」
「う〜?」トワはカナのホットケーキをじぃっと見つめて唸った。
 この妙な物体を口に運んでもダイジョウブなのだろうか。とっても心配だ。が、カナは超絶にニコニコしていて、その熱い視線がトワの後頭部に突き刺さっていた。もはや、どうにもこうにもならない状況にトワは追い込まれた。
 これを食べなければ、自分の身に何が降りかかってくるのかわかったものではない。一口だけ食べてみると、やはり、バサバサとしていて粉っぽい。それだけならまだしも、苦い。途方もなく苦い。けれど、トワは心を決めると一気にホットケーキを平らげた。
「よしよし」
 カナはすっかりご満悦の様子。だが、トワにしてみたら、人の気も知らないでと二言三言何かを言い返したい気もある。でも、やっぱり、おなかがすいたと言い出したのはトワ自身だし、折角作ってくれたホットケーキに難癖をつけるのも気が引ける。
 そんなもので、ついぞ何も言わずにトワは大人しくお皿の前に座っていた。
 カナは机の前に座って、コンピューターの画面を見つめていた。トワのおねだりで中断されたツカサからの書き込み探しを再び始めた。昨日、帰宅してから就寝するまでの時間には現れなかったが、もしかしたら、そのあとに現れて書き込みを残してくれているかもしれない。カナは淡い期待を抱いて、フォーラムを見つめていた。
 そして、カナの表情がぱっと明るくなった。
「え〜と。ホーロイには遺跡がたくさんあって、迷いやすいので気をつけてください。それ以外に、お世辞にも治安がよいとは言えない地域柄なので、車上荒らしに注意すること……。ツカサさんってば、色々と物知りなんだぁ」
 感心しきりだ。が、それはそれとして、ホーロイの治安があまりよくないというのは初耳で、これから出かけようと思った決意が鈍る。
「カナぁ……。こんぴーた見て、固まってどうしちゃったの?」
 じっとしたままコンピューターの画面を見つめるカナを心配してトワがすり寄る。
「うん。別になんでもないよ。……そいじゃ、出かけましょうか」
 その言葉も言い終わらないうちにカナは歩き出して、階下に向かおうとした。
「うぁ。待ってよ。ボクを置いていかないで」
 トワはトタトタと足音を立ててカナの後ろを追いかけた。
 今日こそは失敗しない。三度目の正直だ。カナはガレージに着くと同時に、まず、シャッターを開き出口を確保し、それから、モーターサイクルにかけられたカバーを引きはがした。そして、それを綺麗に折りたたむと棚に置いた。
「さて、トワくん。これで何一つ文句はございませんわよね?」
「いや、その、ボク、まだ何も言ってないし」トワはボソボソと答える。
 そして、いつものようにモーターサイクルとサイドカーに二人は乗っていた。カナの家を出発して、トワとカナの出会った時計台の前を通り過ぎて、目的の地に向かう。
「……。カナ。――乱暴な運転は控えましょう……」
 もはや、横柄な口をきく元気もなくトワは疲れた表情でポツンと言う。
「乱暴でも何でもわたしの勝手。キミが勝手に乗ってるんだから、我慢しなさいね」
「それは無理。お尻が痛いし、気持ち悪い……。――吐くかも……」
「吐くのはいけません」
「いけなくても、無理」
 トワの言い分がカナに通るはずもなく、トワはぐったりとした様子だった。そもそも乗物なんてものはカナのモーターサイクルが初めてだったし、しかも、それしか乗ったことがない。カナの話を聞く限りではバスだとかなんだとか、ヒトを乗っけて移動する交通手段は数種類あるらしい。
「……ねぇ、カナ……。もっと、こう、気分の悪くならない乗物ってないの?」
「ありません」即答。
「絶対にウソだ。ボク、信じない」毅然としてトワは言う。「だって、ほら、長四角で窓がたくさんついていて"ぷぁん"とか鳴くでっかい乗物があったと思うんだけど……?」
「――それってバスのこと?」
「そお、きっと、バスのこと?」トワも固有名詞にはあまり自信がない。「な、何でもいいけど、それだったらきっと、気分も悪くならないよ」
「でも、あれは自分の思い通りに動けないし、大体、オオカミは乗れないの!」
「ひどいっ。それって差別だ」
「差別ではありません。区別です」
「乗れないんだったら、どっちだって一緒だよ!」
 それは確かにもっともな言い分だ。"けれど、言葉意味は全く違うのだ"とトワを諭そうと思ったが、そんなことをのんびりとやっている場合ではないとハタと気がついた。そして、町全体が遺跡と言われるホーロイでそのどこに行けばいいのかを確認するのをすっかりと忘れていた。
「どーしよう……」まさに後の祭り。
 今さら、この場所に来て何かの手がかりを探そうなんて、無駄な努力に等しい。けれど、ここまできて何もしないなんてのも物凄い時間をかけてきただけにもったいない。カナはトワをサイドカーにほったらかしにしてそのあたりを歩き回る。
「ちょっと、カナぁ。ボクを一人にしないでよぉ」
 情けない声を出して、トワはぴょんとサイドカーから飛び降りた。
「この辺だと思うんだけどなぁ」
「だからっ、いちいち、引っ張らないでよ!」トワは噛みつく勢いでカナに猛抗議。しかし、当のカナは全く気にも留める様子もない。「ちょっと、カナぁ」
「情けない声を出さないで」
「じゃあ、ひっぱんないでよ」
「無理です」きっぱり。
「無理じゃない!」
 カナはトワの言い分を完全に無視して、ずんずんと歩いていく。行くだとか行かないだとか、引っ張るとか引っ張らないだとか、そんな呑気なことを言っている場合ではない。どこに出かけるにしても、門限。もしくは父親と母親が仕事から帰ってくるまでには家に帰って何事もなかったかのようにしていなければならないから、時間がない。
「ホーロイの遺跡……。そっか、ホーロイで一番大きな遺跡に行ってみたらいいんだ。トワ、サイドカーに乗って!」
 と、言うが早いか、カナはモーターサイクルにとって返した。
「え〜、あっち行ったり、こっち行ったり、もお疲れたよぉ」
「ごちゃごちゃ言わないの。早くしないと、置いて行っちゃうよ」
「こんな淋しいところに一人はいやぁ!」
 トワはバタバタと走って、勢いよくサイドカーに乗り込んだ。カナに苦情はたくさん言いたいけれど、たった一人でこんなところに放置されるくらいなら何も言わない方がずっとましなのだ。
 トワがヘルメットの下に潜り込むと、カナはモーターサイクルのエンジンをかけて、すばやく移動を始めた。あと一時間程度で目的の場所を見つけられなければ、タイムオーバー。後日、時間のある時に改めて出直さなければならない。
 が、そんな余裕がトワとカナにあるはずもない。
 切られた期限は日に日に迫り、今日に限れば両親が帰宅するまでにカナたちも家に帰り着かなければならない。時間が足りないとなれば、焦燥だけが募る。
「カ、カナぁ」トワが情けない声を上げる。「本当はどこに行くのぉ?」
「すぐそこの丘の上。そこにホーロイで一番大きな遺跡があるから……」
 教科書にも載っていたその場所なら、カナもしている。けれど、その場所に何も見つからなかったら、もう、ホーロイでどうしたらいいのかわからない。
 そんな一方で、一つの人影と、その腕に抱えられた猫が丘の上からこちらに近づいてくるモーターサイクルをじぃっと見つめていた。人影は頭をすっぽりと覆うようなニットの帽子をかぶっていて、その腕に抱えられた猫はこの世のものとは思えないほどに真っ白だった。
「ねぇ、ツカサ。本当にあの娘とあの頼りない子犬でよいのかしら?」
 白い猫はモーターサイクルから視線を外し、見上げた。
「さあね。よくもなければ、悪くもないさ。おまえの主がいいと言えばいいんだろ?」
「わたくしは頼りない子犬のどこがいいのか、さっぱりわかりませんわ」
 白い猫はもうすぐ視界から消えてしまいそうなモーターサイクルを目で追って答えた。
「そんな、身も蓋もない。トキ、何の取り柄もなさそうに見えても、何かはあるものさ。もう少し、様子を見ていよう」
「ツカサがそう言うのでしたら、もう少しだけ待ってもよいですわ」
「それはどうも……」
 ツカサはトキを抱えたまま丘の内側へと足を進めた。何事もなければ、程なくカナとトワのモーターサイクルがツカサたちの向かった方向から、現れるはずだった。
「モーターサイクルの爆音が近づいてきたね」
 ちょっとだけ、間を置いてサイドカー付きのモーターサイクルがあがってきた。
「ほら、何も知らない子犬ちゃんたちが来ましたわよ」
 ツンとすまして、トキは高飛車に言う。
「何も知らない子犬ちゃんたち……か」言い得て妙だとツカサは思った。
 恐らく、カナはセブンワンダーズというものの全容を掴めていないだろう。そして、これからも掴むことは絶対にない。セブンワンダーズとはそう言うものなのだ。幾多の……と言うほどではない者たちがカナと同じような体験をしても、誰もその真相を掴めていないのだから。
「ほら、トワ、ここだよ。ホーロイで一番大きな遺跡は」
「ふ〜ん?」何だか、状況がつかめない様子でぽ〜っとしていた。
 興味が湧かない。ホーロイのこの場所には、タルホのガラスのピラミッドのような、ナンホロのユーレイの木のような、目に見えて変わった面白いものがない。トワにとって、遺跡の地面の穴や、そこら辺に散らばった石ころなんて、好奇の対象にすらなりはしない。わくわくドキドキもしないし、おなかもいっぱいにならないものなんて必要ない。
「でもぉ、何にもないんだけど……?」
「そお? あっちの端っこの方にお店屋さんがあるみたいなんだけど……?」
「ホント?」トワの表情がぱっと明るくなった。「何かある? 何か売ってる? カナのホットケーキよりおいしそうなもの売ってる?」
「……。トワ、今、何て言ったのかしら? わたしのホットケーキが何とか?」
 瞬間で、トワの頭から血の気がひいた。怖すぎる。まだ、完全丁寧語トークではないから、本気で怒っているのではなさそうだ。
「ひや〜、な、何でもありません。その、カナのホットケーキはおいしかったなぁって」
 もはや、ごにょごにょのしどろもどろだ。
「おいしかった? じゃあ、また明日作ってあげるね」
「え?」期せずに口をついてしまった。
「え? って、どういうことかしら。トワくん」
 カナはすっとしゃがむと、後ろからくっついてきたトワをひょいと抱き上げた。
「わ、ひゃん! ……べ、別に何も言ってないもん」こわごわ。
「本当にそうかしら? あんまり、おいたが過ぎると、くすぐっちゃうぞ?」
 などとお馬鹿なやりとりをしているところに、男の人が近寄ってきた。無論、カナとトワに知る由はなかったが、それはツカサだった。ツカサはあえて名乗るのでもなく、しっかりとした足取りで一人と一匹に近づいていった。
「……待ってたぜ、お嬢さん」
「キミは……誰?」突然、声をかけられて少し驚いた。
「ひ〜、お化け、お化け、出たっ!」
 トワは何者かの声が聞こえた瞬間、カナのうしろに隠れてしまった。見れば、ニット帽のとてもステキそうなお兄さんが真っ白い猫を抱っこしてカナを見ていた。
「お化けなんて、ちょっとひどいんじゃないかな? どう思う? トキ」
 お兄さんは腕に抱いた白い猫に話しかけた。
「そんなくだらないことの判断をワタクシに仰がないでもらえるかしら?」
 とても高飛車そうな女の子の声色だった。
「ま、それはいい。わからないかな? 顔を合わせるのは初めてだと思うけど、本当の初めましてではないんだぜ?」
 ニット帽のお兄さんはかなり遠回しな言葉を選んでいた。
「初めましてだけど、初めましてじゃない?」カナは繰り返す。
「そう。キミはセブンワンダーズの謎を追うもので、俺はセブンワンダーズの謎の一部を知るもの。ここまで言えば、何となく、気づいてくれるかな?」
 ニット帽のお兄さんは白い猫を抱いたまま、トワとカナに近づいた。
「猫! ボク、猫は嫌いなの、寄ってこないで」
「猫? 猫ですって。ワタシのことはトキとお呼びなさい」
「トキ……」カナはに小さく呟いた。
「何か、心当たりでもあったのかな、お嬢さん?」
「いえ、その、キミの……あなたの名前はもしかして、……ツカサ……さん?」
「ようやく、気がついてくれたようだね?」
 出会えた。たくさんの情報をもたらしてくれたツカサと初めて会えた。もはや、それだけのことでこの遺跡の街に・ホーロイに来た価値がある。
「はい! ありがとうございます」
「お礼を入れるのはおかしな感じだね。だって、俺たちは邪魔しに来たんだぜ」
「え……?」瞬間、ツカサの発した言葉の真意をカナははかりかねた。
「言葉の意味もわからないのかしら? あなたたちは」
 つんとした表情の中に嘲りが見えて、バカにされたような気がして腹立たしい。トキの冷めた眼差しがそのことをよりいっそう強調するのだ。
「セブンワンダーズの秘密はただ一人しか、手に入れることは出来ないと言うこと」
「じゃあ、どうして、わざわざ、わたしたちを呼び寄せたのかしら?」
「あら、そんなことをわたしの口から言わせるつもりなのかしら?」
 どこまでもお高くとまっているトキにはカナも向かっ腹が立って仕方がないが、ここは黙って大人の対応を心がける。淑女を演じるつもりはないけれど、それでも怒りを露わにしすぎて、お下品な女の子とトキに思われるのはもっとしゃくに障る。
「トキには訊いていませんから」
 トキはカナの態度にカチンと来たかのようにむっとした表情を見せた。
「全く、何て言う言いぐさなのかしら」
 売り言葉に買い言葉で大ゲンカに発展しそうになったとき、カナは不意に気がついた。トキがトワと全く同じ形のペンダントをしている。よくよく考えてみれば、トワとトキの共通点も多いことに気がついた。白い毛並みに碧空の瞳、猫とオオカミ、雌と雄、生物学上の違いを除けばあとは同じ。そして、そのパートナーは男と女。
 カナは突如として、物凄く不思議な感覚にとらわれた。
 ありがちな前もこんな状況にあったことがあるというような既視感ではなく、今、初めての経験なのに、どこか仕組まれているかのようなあざとさを感じた。どうしてそんなことを急に思ったのかはわからない。
「ま、邪魔しに来たというのもちょっと言い過ぎ、言葉が悪かったかな」
「こんな連中に丁寧な言葉を使う必要なんて全くございませんわ」
 トキはつんとして言い放つ。
「……じゃあ、どうして、こんな"治安の悪いところ"で待ってたんですか?」
「おっと。しっかり、フォーラムへの書き込みを読んでくれてるんだね」ツカサは嬉しそうな微笑みをカナに向けた。「そして、その問いかけにはトキが答えてくれるよ」
「何故、ワタクシが、こんな下等な者たちにわざわざ、直々に説明しなければならないのかしら」不満たらたらだ。「ツカサが説明しなさい」
「俺が何かと解説するより、トキの口から言った方が時間と手間が省けるだろ?」
「仕方がありませんわ。いいこと、よくお聞きなさい。一度しか言わなくてよ?」
「はい」カナは真剣な眼差しをトキに向けた。
 トキが何者かはまだわからない。けれど、今ここで、何かがわかるのは疑いようがない。だったらそれは内容にかかわらず、聞くべき価値があるのは間違いない。
「やっぱり、言いたくありませんわ」つん。
「そんなにもったいぶるほどの内容でもないだろ?」
「そうですけど。その女の子の影でお化けを見るような目でワタクシをみている犬だかオオカミだかわからない生き物にむかっ腹がたちましたわ!」
 そんなトキの主張にはもはや、あ〜そうですかと投げやりな返すほかない。けれど、標的にされたトワは流石に黙っていられない。
「ボ、ボクは犬じゃないぞ。……タヌキでもないけど」
 と、発言するも、カナの足の後ろからで、いささか説得力と迫力に欠ける。
「ワタクシはあなたが犬でもタヌキでも猫でも何でもよいのです。ただ、そのオドオドとした態度が気にいら……。でも、まあ、よいですわ。こんなところで、ワタクシがぐたぐた言ったところで、あなたに勇気がわき上がるとも思えませんし」
 つんつん、淡々とした様子でトキはしゃべり続ける。
 それを聞いているカナと言えば、猫がこんなにお喋りとは思いも寄らないというようなポカンとした表情でじ〜っとトキを見つめていた。
「あら、あなた、そんなにワタクシを見つめて、どうかしたのかしら?」
「あ」トキの指摘にカナは我に返った。「その、真っ白い毛並みがあまりにつややかなんで、つい、見とれていました」本当のようなウソのような。
「そんな当たり前のことを今さら、言わないでもらえるかしら」すまし顔でトキは言う。
「はぁ」コメントのしようがない。
「まあ、よいですわ」つんつんしているのは相変わらずだが、ちょっぴりトキの声の調子が変わるのがカナにもわかった。「よく、お聞きなさい」
 にわかに緊張感が高まる。
「ワタクシたちは遙かな過去からここに来たのですわ」
 そして、しばらくかなり間の悪い沈黙が続く。
「……ウソ」ぽつり。「じゃあ、もう、トワをおうちに帰してあげられないじゃない」
「言うに事欠いてなんて言いぐさなのかしら。ウソなどではありませんわ」
「でも、どこをどう考えてもとてもウソくさいし……」
「ツカサ! このわからんちんに何か、言っておあげなさい」
「わからんちんって何よ。わからんちんって!」
「わからんちんのあなたにわからんちんの理由を説明する義理なんてございませんわ。もう、あなたには何も言うことはありませんわ。こんなに短いお話の中で、ここまで不愉快な思いをしたのも初めてですわ。――いきますわよ、ツカサ。こんなものたちはセブンワンダーズの意味もわからずに路頭に迷い続ければよいのです」
 トキはカナたちに対して敵対心をむき出しに喋り続けた。一緒のツカサも口出しできない様子でトキが喋るに任せていた。
「そう言うワケなんだが……、トキ、ちょっと先に行っててくれないか?」
「まあ! ワタクシにこんな汚い地面を歩かせるつもりですの?」
 ぶつぶつと苦情を言いながらも、トキは一人で歩いていった。
「すまないね。あんな態度だけど、トキには全く悪気がないだ。向かっ腹が立っただろうけど、許してやってくれ」
「あそこまで言われて、そう簡単に許せるもんですか」
「それはもちろん、ただでなんて言わないさ」
 胸ポケットをごそごそして、現れたのはガラスのペンダントだった。
「それは……」カナは言葉を失う。
「そう。三つ目のペンダント。ただ、きっと目新しくはないはずだよ。これもホログラムみたいのが映せるんだだが、トキのと同じだったから、キミの子オオカミくんとも中身は同じだと思う。ただね、キミなら……」
「ツカサ! いつまで、ワタクシを待たせるつもりですの?」
「おっと、つんつんお姫さまが呼んでいるから、そろそろ行くな」
 ツカサはくるりと背を向けるとそのまま、カナの方に振り向くことはなく行ってしまった。カナはそのツカサの背中をぽやんとしたまま見送った。もはや、ホーロイの遺跡に何しに来たのかなんてキレイに吹き飛んでしまった。そもそも、ホーロイの遺跡に何があったのか知っていたわけでもなく、ただ、何かがあるとのフォーラムの書き込みを頼りにここに来た。そして、ツカサとトキと出会った。
「つまり……、ツカサさんがわたしたちをここに呼んだってこと……」
 きっと、そうなのに違いない。そうでなければ、こんなことなんて絶対と言い切っていいくらいにあり得ない。仮にそうでなかったのだとしても、フォーラムの書き込みからトワとカナがここに来ると読んだツカサがそれを利用したのだろう。それはいいとして、たった一人しか知ることの出来ないと言ったセブンワンダーズの秘密の鍵になりそうなペンダントをカナに渡して行ってしまったのだろう。
「ねぇ、カナぁ……。もぉ、帰ろうよ」
 トワの呼び声にカナはハッと我に返った。そろそろ夕方だ。うかうかしていると両親が帰ってくる時間どころか、門限にすら間に合わない。カナはツカサからもらったペンダントの考察は後回しにして、帰ることを優先した。
「トワ! モーターサイクルに乗って」
 カナのかけ声を合図にトワはモーターサイクルのサイドカーに飛び乗った。カナもモーターサイクルに跨るとハンドルにかけたヘルメットを外して急いでかぶる。そして、胸ポケットにしまっていたキーを取り出して、おもむろにエンジンを始動させた。
 爆音。トワは未だにその音になれられずに自分のヘルメットに潜り込んだ。
「後ろに飛ばされないようにちゃんとつかまってるんだよ」
 だいたい、カナの言うことは無茶なのだ。極稀な例外を除いて、発信と言えばどっかんスタートだし、ヘルメットごと後ろに吹っ飛ばされそうになったのも一度や二度ではない。当然、勘弁して欲しいのだが、勘弁された試しもない。
「カナぁ! もぉ、いい加減にしてぇ!」
 そして、いつものようにトワの叫び声が響くのだった。

2nd