どたばた大冒険

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01. esmeraldian's dream(エスメラルダ人の夢)

 リテール歴一〇九六年初夏。
 サアァァ……。リテール地方は双子の月が始まってからの長雨に悩まされていた。近年には類をみず、ここ数百年ほどの記録にもない。限りなく前代未聞の気象現象と言っても過言ではないだろう。この天候不順が長く続けば、農作物の不作が予想され、飢饉が起きるかもしれない。この懸念は既にリテール全体で社会情勢の不安定化を招いていた。
「……メテオロス姉弟の機嫌でも悪いのかしら……?」
 アルケミスタ教会の大司教執務室から薄暗い外を眺めながらアリクシアは呟いた。
「アリクシアさまの思う通りだとしましたら、たいへんなご機嫌斜めぶりですね」横から囁いたのはアリクシアの腹心、マリエルだった。「お紅茶をお持ち致しました」
「ありがとう」アリクシアはティーカップを受け取り、微笑んだ。
 執務机から見える窓の外は相変わらずの雨。遙か東方ではこの季節には長雨が降るそうだが、まさにその東方のメテオロスがリテールまで出張してきたかのようだ。
「それにしましても、降り止む気配も全く見せませんね……」
「ええ……」憂い。まるで、心の中を降りしきる雨が具現しかしたかのようだった。
 協会が荒んでいる。人々の心の拠り所となるべき協会のはずなのだが、そのことよりも活動資金を集めることのみに腐心するものが目立っている。教皇は老齢。枢機卿団は次期、教皇の座をかけた水面下のやりとりに忙しい毎日を送っているようだ。
「……協会はどのようになっていくのでしょうね」
 アリクシアはポツリと漏らした。
「――このままではいけないともいます」
「……かつて、レルシアさまがシオーネ派から分派、レルシア派を形成された時のように、わたしも何かをすべきなのかもしれませんね……」
「アリクシア派を創設しますか?」冗談めかしてマリエルが言った。
「わたしにはそんな力も組織力もありませんよ……」
「――そうでしょうか?」マリエルはアッケラカンとして、尚かつ自信ありげに瞳を煌めかせた。「アリクシアさまはご自分のことを過小評価なさりすぎです。今のレルシア派のトップよりもずっと力がおありになります」
 協会をあるべき姿に。政治的な支配力、影響力……権力に溺れた協会を立て直したレルシアのように自分はなれるのだろうか。アリクシアは執務机から離れて、窓際に立った。相変わらずしとしと雨はやむ気配を見せない。その雨を降らせる雨雲がどこにも行きたくないかのようだった。それが今のレルシア派だとしたら……? それを退けられるのは強い新風だけなのかもしれない。
「――レルシアさまの血筋の方に助力を乞いましょう……」
 アリクシアは心を決めた。長年の鬱積、懸念をため込んだまま協会の現状を見て見ぬふりをしていたのでは欲にまみれたものたちと何ら変わりない。だから、まずは行動を起こすことだ。例え僅かだとしても協会の船首をよい方向に向けるにはそれしかないだろう。
「しかし、お言葉を返すようですが、レルシアさまの一族の方は……」
「えぇ、確かにマリエルの懸念の通りです。ですが、彼らの協力なしに往年の協会を取り戻すことは出来ないと思います。わたしが取り戻したいと願うのは彼らが築き上げた歴史でもあるのですから」
 アリクシアは振り返ってマリエルを真摯な表情で見詰めた。

 リテール歴一五一九年。この季節と言えばぐずついた天候が続くのは常となっていた。そんな薄暗い空の下を歩いていると気が滅入ってくると言うものだ。迷夢は今にも泣き出しそうな空を見上げたり、石畳を何とはなしに眺めたりしながら落ち着かなさそうに往来を歩いていた。行く先は近くの喫茶店。久しぶりに、ウィズとあう約束をして、その行きつけの喫茶店で待ち合わせをしたのだ。
「あ〜。ウィズとのんびりと話すのも久しぶりねぇ」遠くを眺めながら迷夢は独りで呟いた。「そして……。ま、そっちは何とかなるか」
 迷夢は何事かを楽観的な方向へと考えた。
 最近、エスメラルダ期成同盟の動きが慌ただしく、迷夢はなかなかウィズと会う時間がとれないでいた。期成同盟が慌ただしいと言うことは同時にトリリアンと呼ばれる宗教組織が活動を活発化させていることも示している。何故なら、期成同盟が望むようにエスメラルダ王国を復興させるためにはトリリアンの拠点を幾つか潰す必要があるからだ。トリリアンが動けばその動向を探るために期成同盟が動く。事実、偵察のしあいから、小競り合いまで発展したことが十指には収まらないくらいの頻度で起きている。
 つまるところ、目的達成のためには互いに邪魔な存在なのだ。
 迷夢は喫茶店に入ると、自分で勝手に指定席と決め込んでいる窓際の隅っこの席に座った。目立ちたがり屋の迷夢がそんなひっそりとした場所を好むとは彼女をよく知るヒトには不思議なイメージとして映っていた。
 それから程なくして、迷夢の目的の人物が姿を現した。
「迷夢、待たせたかな?」
 カラランランとドアの呼び鈴を勢いよく鳴らして店に入ってくると、ウィズはいつもの場所に迷夢を見付けた。同じ場所でなくとも、天使の光輪をつけてるのがいたらすぐに気が付くのだが。ウィズは手を振りながら近づくと、迷夢の真正面の席に座った。
「ううん」迷夢は首を横に振る。「十分も待ってない……と思う」
「そうか、よかった。……で、今日の用事ってのは何だ?」
 ウィズは長ったらしい前置きをすることなく、単刀直入に切り出した。ウィズに会いたいだけなら、期成同盟本部に乗り込んでいけば済むところをわざわざ呼び出した迷夢としてはいささか面白くない。どうせ朴念仁のウィズのことだからと大した期待はしていなかったが、残念だ。迷夢は少しばかり不機嫌そうに言葉を連ねた。
「ねぇ、ウィズさぁ? 最近、期成同盟はどう?」
 迷夢も半ば仕方なしに自分の目的への最短経路の話題を持ち出した。
「は?」
 ウィズは幾分、間の抜けた声で返事をした。いきなり、そんな話題を切り出されるとは全然考えていなかった。いつものように、与太話を聞かされるものだとばかり思っていた。期成同盟の話なんて予想外だった。
「『は?』って何よ。あたしの聞くに値しないとでも言うつもり?」
「え?」話についていけない。
「……。そのつれない態度はどういうことかって聞いてるのよっ!」
 どんどん話がそれていく。迷夢と話をするといつもそうだ。ウィズも迷夢と知り合ってから三年も経つが、迷夢のこの癖に慣れる気配は一つもなかった。だからといって、迷夢を遠ざけておきたいとまでは思わないが、いささか疲れるものがあった。しかも、相手が自分よりも最低でも三百歳も年上かと思ったら、尚更だ。
「……。ただ単によく聞こえなかっただけだ。他には何もないよ」
 と、ウィズが言えば、迷夢は“本当に?”と言いたそうな訝しげな眼差しを送った。
「迷夢にウソをついてどうするんだよ。すぐに見破るだろ、それに?」
「ま、そうよね。それより、期成同盟はどうなっているのかって聞いてるのよ」
 今度はウィズが沈黙した。期成同盟のことは外部のものに話せない。自分が期成同盟の騎士団再編の折りに第一騎士団長になったことくらいは話せるが、それ以上内情に踏み込むような発言は一切してはならないし、するつもりもない。
 迷夢ももちろんそのことを心得て訊いてきてるのだろう。判りきったことを尋ねようとしていると言うことは迷夢は何かを企んでいるのだとウィズは読んだ。そうなれば、余計に何も言えない。ウィズは黙りを決め込んで、しばらく迷夢と向き合うことにしてみた。
 すると、こらえ性のない迷夢は業を煮やして、自分の方から切り出してきた。
「……この間、コーデリアの街がやられたそうね……」
 そのことは初期協会の精霊狩りを彷彿させた。何が発端なのか定かではないが、一五一九年を迎えて以来このかたトリリアンと思しき団体による破壊活動が活発化しているのだ。無論、宗教団体を自認するトリリアンが破壊活動と思しきそれを認めるはずはない。だが、期成同盟の調査は明らかにトリリアンの関与を示していた。
「コーデリアの他にもあるだろ。フライア、マッキーバー」
「どこも大きな教会のあるところばかりよねぇ? 協会と軍事協定を結んでいる期成同盟としてはどういう対策を立てるつもりでいるの?」
「さあ、どう言うつもりでいるんだろうな」
 ウィズは歯切れの悪い回答をした。期成同盟の活動に直接関わるような質問をぶつけてくるところを鑑みるに、迷夢が期成同盟の活動に首を突っ込みたがっていることは間違いない。知略家、策士として名高い迷夢を期成同盟に迎え入れることは今後の活動を有利に導くとは予想できるのだが、今一歩、踏み切れないものがあったのも事実だった。
「何も考えていないってことはあり得ないでしょ? トリリアンの存在は明らかにキミたちにとって邪魔なんだからさ」迷夢はウィズににじり寄り、ウィズは思わず仰け反った。
「そりゃ、まーね。しかし、ノーコメントだ」
 今までに、迷夢を軍師にと言う話は幾度かあった。しかし、それはことごとく白紙撤回されてきた経緯があるのだ。それまでは迷夢が乗り気ではなかったことも要因だが、期成同盟としては迷夢の“裏切り”が怖かった。十二の精霊核の伝承の欠落した数ページをしるものとしてはどうしても及び腰になってしまう。
「――あたしの……フワフワしているところが怖いのかしら? ……それとも、黒い翼の天使は全て! トリリアンに与するものだと考えているのかしら?」
「!」ウィズはドキリとして顔を上げた。
「図星かぁ……」迷夢は鋭い眼差しでウィズを突き刺した。「しかぁし、ウィズの引きつった表情の中に葛藤の色が見える。期成同盟の意志を完全に優先するか、ちょっとなら問題ないよなという思いが戦いを繰り広げてるわね。ついでに、いっそのことあたしも入れてしまおうとか思ってなぁい?」
「思ってない」きっぱり。
「ちぇ、つまんない。――けど、期成同盟は動くんでしょ? いい加減?」
 迷夢はテーブルの向こう側にいるウィズに向かって首根っこを掴まえそうな勢いで迫った。別段、そこまでする必要もないと思うが、ウィズをおちょくると面白い。
「……ああ」ウィズは不承不承ながら認めた。
 ここまで迷夢が突っ込んでくるところを見ると期成同盟と何らかの関わりを持とうとしているのは本気なのだとウィズは思った。適当なことを言ってかわそうと考えても見透かされる。それは迷夢と知り合ってからの三年間でイヤと言うほど身に染みた。表面上はテキトーそうに見えるのに洞察力は異常に鋭い。
「だけど、これ以上はここでは話せない。間諜がどこにいるか判らないからな」
「じゃあ、出ましょう」
 迷夢はテーブルに手をつくと、すっくと立ち上がった。
「いい場所を知っている。俺についてきてくれ」ウィズは無粋な堅い口調で言った。
 喫茶店にきた時と同様に、賑やかに呼び鈴を揺らすとウィズと迷夢はテレネンセスの街並みを二人で歩いていた。久しぶりのことだ。しかし、二人きりになれば何かとちょっかいを出したがる迷夢にしては珍しく、黙って物思いに耽っているようだった。
「――それにしても、三年は遊びすぎたわね」迷夢は少しばかり悔やんでいるのか唇をキュッと結んだ。「……ここまで破壊活動がエスカレートする前に打つ手はあった……」
「今更そんなことを言っても始まらないだろ? 過去を振り返らず前しか見ない君らしからぬ発言だな」
「まるで、鉄砲玉みたいなやつって暗に言ってるみたいだけど……? いいの?」
 迷夢はニッコリと会心の笑みを浮かべてきたものの、気配は不穏なことこの上ない。
「いや、マイナスのイメージでなくて、サバサバしてるってことさ」
 ハハハと乾いた笑いをしながらウィズは何とか誤魔化そうとした。迷夢は気前もよくてアッケラカンとしているが、怒らせてしまったら何よりも怖い。
「……ふ〜ん。ま、いいけどさ。どこまで連れて行くつもり?」
「ま、今日のところは何も言わずに俺について来いよ」
 迷夢はウィズの後頭部に生暖かい眼差しを送りつつ、ウィズに従うことにした。ウィズのことだから、悪さをするつもりで迷夢を連れてるのでもないだろう。それに万一、悪意があったとしてもウィズを余裕でコテンパンにする自信があるから問題はない。
 問題があるとしたら、テレネンセスの街をどこまで歩く羽目になるのかだけだ。
「……ねぇ、遠いんだったら、空を飛んでいかない?」
「すぐだよ。それに空は目立ちすぎる」
 ウィズがそこまで言うのならと、迷夢は渋々と従った。目立ちたがり屋の迷夢だから、目立つのがダメだと言われるとテンションが下がってしまう。ウィズと会った時は有無を言わせずの勢いで接しようと思っていたのだが、すっかり負けてしまった。何となく悔しい気持ちがして迷夢がウィズに食ってかかろうとすると……。前触れもなくウィズが立ち止まったのに気が付かずに、迷夢は鼻先からウィズの背中に突っ込んだ。
「――ここだ」
 迷夢が背中にぶつかったのも敢えて気が付かない振りをして、ウィズは言った。迷夢は左手で鼻をさすりながら右肘でウィズの背中を突っつくと、ウィズが見ている方を彼の肩越しに眺めた。
「……ここは……期成同盟の司令部……」
「ご明察」ウィズはキリッとした表情で言った。「エスメラルダ期成同盟テレネンセス臨時司令部。君が色々言ってくることを考えれば、つまり、こういうことなんだろ?」
「ウィズ……、判ってたんだ」
「そりゃね。君とはそれなりに長い付き合いだから。正直なところ、あまり気が進まなかったんだが、もしかしたら、今日は午後から迷夢を連れて行くかもしれないと上には話を通しておいたんだ。さ、どうぞ、お嬢さん。盟主・アズロがお待ちかねだ……と思う」
 ウィズはドアを開くと、迷夢を促した。

 迷夢が通された部屋には木製の大きな机が一つあった。机上にはリテール全土の地図が置いてあり、期成同盟、トリリアン、協会の公称されている軍事拠点が点で示されている。そのさらに向こうには迷夢たちに背もたれを向けた椅子が一つ。
 ウィズと迷夢が入室し、しばらくしてからその椅子がクルンと回った。
「エスメラルダ期成同盟盟主、アズロです。初めまして、迷夢さん」
「ふーん、キミがアズロか。アズロ・ジュニア。で、どう? 再建は上手くいってる? と言うか、上手くいっていたらこ〜んな有様にはなっていないわよね」
 迷夢は嫌みたらしい言い回しで、ニヤリとしながらアズロを見詰めた。ついでに、迷夢の指先はマッキーバーなどトリリアンにやられたと思しき×印の所に向けられていた。
「折角、協会と軍事協定を結んだってのに全然活用できていないじゃない? そもそも、ここまでの準備が出来ているならあとはエスメラルダ国王の即位宣言を行うだけでしょ。ま、簡単じゃないけどさ。――前王朝との関係、正当性を証明しなくちゃならないし……。その為の協会ではなかったかしら?」
 アズロに発言の機会を与えない勢いで、迷夢は捲し立てた。エスメラルダ期成同盟の去就など迷夢自身にはどうでもいいことなのだが、色々なことが進まないのを見ているともどかしくて堪らない。そこでとうとう首を突っ込んだのだ。
「そうは言いますが、迷夢さん。未だ、エスメラルダの復興を望まない輩も多くいます」
 いきなり、きつい発言で押しまくられると思っていなかったアズロは戸惑いを隠せないでいた。
「それが……どうかしたの? 今、立ち上がらなかったら、王国再興なんて夢のまた夢で終わるんじゃないの? あのおっちゃんがピンピンしてるうちに話を進めるべきよ」
 正論だ。しかし、エスメラルダ王国の崩壊から長期間あり、“王様になりました”と言ったところで何もならない。ここ数百年は大きな国家は成立せずに、街が一つ二つの小国や、旧王国の諸侯たちが立てた都市国家が旧王国の版図内に点在する形になっていた。それはそれである程度安定しているために、王国復興は今更の感が強い。
「リテールにエスメラルダが帰ってくる理由付けをしたいんだよ」
「ウィズ、わたしから話そう」
 アズロはウィズを制止し、どこから話し出すかを考えるかのようにしばし押し黙った。
「トリリアン……」アズロは机上で手を合わせ声を振り絞るかのように言った。
「――トリリアン?」そこで迷夢はピンときた。「トリリアンを利用するつもりなのね」
「ええ、この頃、活動が活発化していますから、そこを利用します」
 それを聞いて迷夢は瞳を煌めかせた。やはり、アズロのことだけはある。ただ無為に沈黙を守ってきたのではないようだ。
「この状況下でトリリアンを叩けば、期成同盟により一層信望が集まるでしょう。その時期にタイミングを見計らい、国王の即位式典を行う予定でいます」
「しかし、問題があるんだ」ウィズが口を挟んだ。
「何の?」迷夢はウィズに首を向けた。
「表向き、トリリアンは普通の宗教団体なんだ。十四世紀初頭から中葉のソノア以降、衆目にもトリリアンの仕業だとはっきり判る破壊活動はしていない。ガーディアンというのが協会とやり合ってるが、期成同盟としてはあれには手が出せないんだ。宗教同士のもめ事には“国”としては表だって首を突っ込めないからな」
「ま。四の五の言ってる場合じゃないと思うけど、協会からの要請があれば騎士団を動かしても何ら問題はないじゃないの? その為の軍事協定でもある訳だし」
「ガーディアンに対する戦いに要請はないんだ」
「アンダーグラウンドな破壊活動に対しては手を貸してくれとよく来るのですが」
「はぁ〜。向こうはこっちを汚れ役にしてるのか」妙に感心したように迷夢は言う。「エスメラルダ期成同盟を正義の味方にしたくないんだね。その勢いに乗ったままで、国王即位式典をやられたら、協会の影響力が多少目減りしそうだしね」
 トリリアンが反協会的であるとはいえ、それなりの数の信者がいる。それにトリリアンの破壊活動は表向きトリリアンの関与は一切ないと公言されており、実際にトリリアンとマッキーバーなどの破壊活動の実行部隊との直接的なつながりは見出せていなかった。
「つまり、トリリアンを利用して期成同盟の株を上げたいんだけど、ガーディアンはともかくとして、破壊活動の民衆に開示できる証拠がないから二の足を踏んでるってとこね?」
 身もふたもない言い方だが、実際にそう言う状況に期成同盟は置かれていた。迷夢の言うようにガーディアンは別格としても、トリリアンとコーデリアなどの破壊活動を行っている実行部隊のつながりを示すものは状況証拠だけしかない。かつて、トリリアンが協会に対し様々な破壊活動を行ってきたとはいえ、総長も代替わりし、長い沈黙を守ってきたトリリアンに対し、物証もあがらないままに潰すことは出来ないのだ。
「……なるほど、あたしたち的にはトリリアンの関与は明白なんだけど、一般市民はまだその段階にないワケか。厄介というか、面倒くさいというか。ただ、手前勝手に事を進めても反感を買い増しするようなもんね。だったら、フツーに協会の権威を借りて、テレネンセス……もしくは、かつての王都・アイネスタで即位式典をやっちゃえば? ガーディアンだとか、破壊活動のことなんか後で考えることにしてさ?」
「お前もお気楽に言ってくれるよなぁ」
 ウィズは腕を組んで、幾分呆れたような口調で言った。
「あら、そうかしら?」迷夢はアッケラカンとした様子だった。「軍事的にも騎士団の再編が済んで多少の外圧に負けない程度の戦力はあるし、協会の後ろ盾もある。あと、必要なのは一つだけでしょ?」
 迷夢は思わせぶりな態度をしてアズロに話を振った。
「王国の復活を既成事実にしてしまう……ということですか?」
「そゆこと。協会みたいに残忍なことをしてきたワケじゃないし、実際、名君揃いだったようじゃない? エスメラルダって。だから、世論の反対になんて絶対にあわないわよ。もし、反対する勢力があるとしたら、それがトリリアンじゃない? 協会は立場上、正面切ってそんなことは出来ないだろうし。する意味もあまりないわよね?」
 暇潰しにと、フラフラと調べたり類推したことを迷夢は喋り出した。普段は考えなしに見える迷夢もこう言う時は“策士”との名を冠せられるほどの実力を発揮する。
「でも、トリリアンだと即位式典を潰すことで、協会の威信を失墜させ、王国復活の芽を完全に摘むことが出来る。そこへ、トリリアンがかつての名称……リテール協会アリクシア“教派”として、協会のあとに入り込もうとするんじゃないかしら?」
 的を射ている。アズロは率直にそう思った。
「では……罠を仕掛けるというのはどうですか……?」
「いいわね。そうするとトリリアン関与の物証もあげられるんじゃない?」
 今まで、マッキーバー、フライア、コーデリアと破壊にあってきた中で、トリリアンと完全に同定された軍勢はいないのだ。だからこそ、迷夢はアズロの考えを指事する。しかし、期成同盟の全権を握るアズロとしては慎重にならざるを得ない。即位式典では国王たる人物の影武者を立てるにしても、憂慮すべきことが一点のみ存在している。
「そうですね。のんびりもしていられませんから、そちらの方向で検討します。……ですが、一点のみ懸念すべき問題が……トリリアンは天使を擁しているらしいのです」
「それは知ってるわ。今はその上でどうしていくかを話し合うべきだと思うの」

 アズロとウィズ。迷夢はエスメラルダ期成同盟の要に教師然とした態度で言い放った。とにかく、迷夢にしてみるとこの連中はとろくて敵わないのだ。と言っても、長期に渡って本来の魔力を取り戻せなかった迷夢がエスメラルダ期成同盟の去就に興味を持ちだしたのはごく最近のことだった。ようは世慣れしすぎて退屈だから、刺激を求めてモゾモゾと蠢いていたところに丁度よい餌食を発見したのだ。
「ですが、天使を相手にすることなど、わたしたちには不可能です」
「だったら、このあたしがキミたちに力を貸してあげるわ」
 迷夢は真剣な眼差しでアズロを突き刺し、右手をバンと机についた。けれど、アズロはウンともスンとも言うどころか、微動だにしなかった。確かに、アズロも迷夢の手を借りたい。そして、それが現時点では疑いようもなく最善の策だ。しかし、トリリアンが天使を擁しているからと言って、自分たちも安易に天使の手を借りてもいいのだろうか。大きすぎる力は身を滅ぼして、なお、あまりある。そのことは天使兵団を要していた頃の初期協会の過ちに学ぶことは多い。
「……トリリアンには天使がいるんでしょ? なら、迷う理由はないはずよ」
 今は第一騎士団長となったウィズがかつて、トリリアンの天使と対抗する手段として“十二の精霊核”の伝承に秘められた天使・久須那を見つけ出そうとしていたと言うのに。迷夢は突き刺すような眼差しをアズロに向け続けた。
「あたしを仲間に入れれば、飛躍的に優位に立てる」
 迷夢は執拗にアズロに迫った。地下工作は必要不可欠だが、協会と軍事協定を結んでから二年間の沈黙は長すぎる。けれど、実際には俗に言う“十二の精霊核問題”が尾を引いて、王国再建への道筋をつけられずに無為に時が過ぎたというのが真相だった。しかも、それくらいのことで滞るくらいだから、協定を結んだと言っても期成同盟と協会は過去のしがらみを越えられずにいることは明白だった。
「しかし……」アズロは口篭もり、困り切ったかのように指先を弄んでいた。
「――協会との不和を招くようなことはしたくない……と言うことか。ウィズは?」
 迷夢はアズロとのやりとりを眺めるだけのウィズに話を振った。
「……協会は旧エスメラルダの版図を掌握したがっている。王国崩壊から長いが、エスメラルダ王家に忠誠を誓い今もなお、領地を守っている諸侯をどう懐柔するか協会は余念がないんだ。黒い翼の天使と行動を共にするとなると……ちょっと」
 ウィズは言いづらそうにし、“判るだろ”と言いたげに迷夢の顔を覗いた。
「トリリアンと同類に見られるんじゃないかってかい?」腹立たしげに言った。「そもそも、ウィズはさ、力を貸してくれる天使を捜して四年前、立入禁止区域に指定されていたシメオン遺跡を彷徨いてたって話じゃない?」
「でも、俺が捜していたのは久須那だった」
「はぁ〜ん、さては。翼なんて白かろうが、黒かろうが同じことじゃん。何なら、真っ白に脱色してあげようか? ――でも、久須那じゃ、きっとダメだったわよ」
 おちゃらけていたが、迷夢は不意に真面目に言った。
「あの娘、どっちかというと学者肌だから、実戦向きじゃないの。久須那は不測の事態に弱い。ま、早い話が生真面目、真っ直ぐすぎるのよ」迷夢はニッと笑った。「まぁ、それはそれとしておいても、協会と共闘して、領地を奪われていたんじゃ世話ないわね……」
「そこで協会にトリリアン討伐の恩を売りつけ、迂闊に期成同盟や諸侯に手出しできないようにする。……それが迷夢さんのお考えなのでしょう?」
「まぁ、それも一つではあるけど。……協会がエスメラルダを凌駕する支配力を持っていることを忘れてないでしょうね? レルシアさんや、アリクシアさんがいた時と違って、今じゃ、強欲じじいのたまり場なんだから。そんな程度じゃ足りないわよ。恩なんて売って売って売りまくるくらいじゃないと。だから、それプラス他の何かね」
 言えば言えるものだと感心しながら、ウィズとアズロは聞いていた。
「どちらにしても、協会はわたしたちに手出しできないようにしてみせますよ。ですが、その前に、まずはトリリアンをどうするかです。協会にとっても邪魔者でしょうが、わたしたちにとっても彼らの存在は害悪に他なりませんから」
 アズロは机上で手を組んで、厳しい眼差しで迷夢を見詰めた。トリリアンとの戦いはアズロ自身の想像を超えた厳しさとなると予想できるからだ。
「――害悪だって言い切る割には随分と長期間放置していたじゃない」
「ですから、トリリアンは表向き……」
「それは聞いた」迷夢はアズロの言い分をバッサリと切り捨てた。「協会軍と渡りあえるガーディアンとぶつかるのは避けた方がいいのはもちろんだけど。沈黙が長過ぎよ。……あたしなら、トリリアンの裏の顔をさらけ出させてぶっ潰す」
「そうすべきなんでしょうね……」
 アズロは机上で手を組んで、意味深な眼差しを迷夢に向けた。瞳の奥底を見詰め、まるで心を探るような視線。迷夢はアズロの眼差しの意味を鋭敏に読み取った。沈黙と、暫くの間、目のみで語り合う二人。数瞬が過ぎて、迷夢はフゥと肩の力を抜いた。
「――それはあたしを軍師とになれと言う意味に受け取ってもいいのかしら?」
 暇をもてあましていた迷夢はとても嬉しそうに言った。これで、少なくともトリリアンを片付けて、エスメラルダが“王国”として完全に立ち上がるまで関わっていられるだろう。さらに上手くいけば、王国の参謀・参与としての地位を得られるかもしれない。
「よろしく頼みますよ」アズロは穏やかに言った。
「判った。大船に乗ったつもりでいて。じゃ、改めて色々考えてくるから、それまでの間、しばらくお別れ、ばいばぁ〜い♪」
 迷夢は心底満足しきった様子で手を振り振り去っていく。その様子をアズロはひどく心配そうな表情をして見守っていた。迷夢はかなりの気分屋とも聞いていたが、アズロの想像を遙かに超えたところに実際の迷夢の姿が存在していた。
「……本当に大丈夫なんだろうな? ウィズ?」
「大丈夫ですよ。絶対に。俺たちの想像を超えた修羅場を幾つもくぐり抜けてきた人ですから。――少なくとも、敵に回すよりも何倍もましですよ」
 ウィズはただそれだけを言い、敢えて何事かを付け加えようとはしなかった。

文:篠原くれん 挿絵・タイトルイラスト:晴嵐改