12の精霊核

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20. sleeping truth in place(真実の眠る場所)

 あれから、デュレたちは闇の精霊核・シルトの住まうサムの地下室に空間転移で戻ってきた。シメオンは対エルフ結界により警戒網がしかれているから、普通に帰ってくることはできない。空を超えたり、空間を曲げるなど有りとあらゆる手段が考えられるが、協会の魔法使いとて防御にぬかりない。大抵は発見されてしまうのが落ちなのだ。それでも、ここならば地下、そして、闇の精霊核の力場により並の魔法使いでは見付けられない。
「全員、無事ですね?」暗闇の中でデュレは言った。
「シェラさん?」心配そうなレイアの声がした。「無事ですか?」
「……ええ、無事ですよ。しかし」複雑な感情の入り交じったような声色。「折角、都落ちをして生き延びたのに……。また、戻ってくるとはね……」
 シェラは一族殲滅の憂き目を見ていたんだ。この街のどこかで、アルタとレイヴンの手によって。そして、デュレはふと思った。どうして、あの時、あんなに冷静でいられたんだろう。一族の敵が目前にして。目が不自由でもシェラならば、一撃浴びせるくらいはできたはずだ。
「――シェラさん?」デュレは尋ねずにはいられなかった。けど、直接的にははばかられてどうしても言えない。「あの……レイヴンやアルタは……」
 そこまで言った時点でシェラは察したようだった。静かに首を横に振る。
「あの二人じゃありませんよ……」
「けど、アルケミスタを――」狼狽しそうになるのをデュレは必死に堪えた。
「レイヴンもアルタも誰も殺してはいません……。……光弾を使う前に、彼はスパークルフィールドを張っていました。あれは光の魔力を強めるのと同時に――」言葉を切った。「闇魔法の守護結界と同じ効力を持っています……。ただの破壊目的ならあのようなことはしませんよ……」
「……」何て言っていいのか、デュレには判らなくなった。「じゃ、誰が……」
「……マリスは恒常的に異界との扉を開くことで久須那と対立してますが、むしろ、和解したい気持ちで一杯のはずですよ。それに、ドミニオンズのパワーを持つマリスが久須那を恐れる必要がありますか? それはレイヴンたちにとって久須那がいないに越したことはないでしょうが」
「それでも……!」デュレは食い下がった。
「あなたたちを追い立てるため街を壊しても、無実の人たちの命を奪うまでの非道ではないと言うことです。……アルタやレイヴンの目的はもっと他のところに」
 シェラはまるで全てを知っているかのようにしめやかに言う。
「じゃあ、他に誰がこんなことを……?」
「――心当たりはあります……。――ごく身近に……ね。しかし――」
「ったあぁ! もう、どうして、こう、デュレの魔法ってがさつなのかしら。サイテー」
 シェラの言葉を遮るかのような叫声が狭い地下室に響いた。どうやら、セレスが例の闇護符で移動してきて、お尻から床に落ちたようだった。パンパンと手で何かを払う音がした。
「バッシュ? リボンちゃん? ちゃんといる?」
「……誰ががさつでサイテーなのかしら?」デュレは腕を組んでセレスの声が聞こえた方に歩く。
「げっ、もしかして、聞いてた? って言うか、いたんだ?」
「い・ま・し・たっ!」デュレはセレスを捕まえると問答無用で首を締め上げた。
「ちょぉ〜〜。し、絞まる。首が絞まってる! ロープ。ロープっ!」
「――ここにロープなんかありませんから……」クールに決める。
「そんな、殺生なぁ〜〜」泣きを入れても、いい気味とデュレはセレスを締めあげた。
「……何をやってるんだ? お前らは」リボンの呆れた声色が地下室に響く。その方向には入り口から微かに届く光を受けて、ビロードのようなリボンの瞳が煌めいていた。「もう、遊んでる暇はないんだぞ……。――マリスの封印が解けた――」
「封印が解けた?」デュレはセレスを羽交い締めにしたまま聞き返した。
「ちょっと、デュレ。いい加減に放してよ」
「あ、ごめんなさい」反省の色はない。「リボンちゃん、封印が解けたってどういうことですか?」
「どういうことだと言われてもな。そのままの意味で他意はない」
 リボンの真摯な返答にデュレは暫く押し黙った。あの日、リボンはそんなことを仄めかしただろうか。トゥエルブクリスタルの真実を探す旅に出た時に、マリスが甦るなんて考えていただろうか。
「ねぇ、デュレ。とにかくここから出ようよ。あたし、暗くて狭いところ嫌いなんだってば」
「え? ええ……」虚ろな返事。
 マリスの封印が解けた。そのことはこれから起こる全てを暗示しているようだった。デュレの知る未来が訪れる。頭にインプットしてきた歴史と完璧には重ならない。けど、主線は変わらないようなのだ。デュレは知っていた。ここはやがて空風の吹く廃墟になる。何が起きるのかは知らない。けど、ここで起きることはアルケミスタの比ではないのだと確信がある。
「デュレ。ここに長居するのは良くない」真面目な低い声色でリボンが言う。「オレのフィールドじゃないからな。いざというときに対応ができないかもしれん……」
「うん……。あ。けど、シルトは……?」
「……? 誰だ、それ?」リボンは激しく訝る。
「あ〜リボンちゃん。落ち着いて。ホラ、そっちの方にキラって光ってるの見えないかな?」
 セレスはリボンのつややかな毛並みに手を乗せて、そのものの方に首を捻らせた。グキっ。
「いてっ! 自分で向く。手を放せ」セレスを睨んでがなる。「首が折れたらオレでも死ぬっ!」
「けどさ、何で、リボンちゃん知らないの? 闇の精霊核……」
「闇の精霊核? 名前を付けたのか? いつの間に……」呆れた口調になった。「それなら、知ってる。もう、だいぶん昔からここに巣くってるな。かれこれ……、三十……。サムがガキの頃からあったような気がするな……」
「それでも、まだ、そんなに小さいんですか?」デュレが驚いたように言う。
「ああ……『自分のあり方』を見付けられないうちは成長は遅い。が……」リボンはそっと目を閉じた。「そのシルトは見付けたんじゃないかな? 百年、二百年後には精霊もいるだろう」
「ね、ね? シルトってどんな子に育つと思う?」嬉々としてセレスが尋ねる。
「知らん。そんなの。ま……何というか、想像はつくよな」ちらりとセレスを見た。
「な、なぁんであたしを見るのよ? 名付け親はデュレでしょ? デュレじゃないの?」
「さぁてね」リボンは意味ありげにフッと口元をほころばせた。
「なぁ、そろそろ、あたしんちに行かないか?」
 セレスとリボンのやり取りにしびれを切らして、苛立ったようにバッシュが言った。
「サムを留守番に置いてきたから、心配なんだ。あいつ、放っておいたらうちにある保存食料、全部喰っちまいそうで……」
 そのバッシュの杞憂も的外れでもなさそうなのが、困りものだ。
 一同、一頭と五人はぞろぞろとバッシュ宅へと向かう。怪しい集団かというと、そうでもなく周囲と同化して見える。夕暮れの近いこの時間、商店の投げ売りを狙う買い物客にごった返す。傍目には仲の良い家族連れだ。彼らがそんな風に映ってしまうほどに、シメオンは平和だった。アルケミスタの惨事などどこ吹く風で、穏やかな日常が流れていく。
「こんなステキな時が永遠に流れて行けばいいのに」
 結末を知るが故にそんなことも言いたくなる。雑踏で賑わう街を眺めつつ、セレスは思う。
 封じ込めるべきものを間違ったのではないだろうか。バッシュがいて、みんながいる。失いたくない。ようやく手に入れた母の温もりを手放したくない。
「ようっ! 何だ? てめぇら。やけに早かったじゃねぇか? 帰ってくるなんて思ってねぇから、飯なんか作ってねぇぞ」
 バッシュ宅の戸口を開けて、中を覗き込むとサムの大声がした。
「うわっ! いきなり、キミかい!」セレスが大声を出した。
「お〜お、帰ってくるなり、ひでぇ言い草だこと。折角……」
「やあっ! チミたち。ご機嫌麗しゅう? 全くよぉ。どいつもこいつもおいらのこと無視しやがって〜。おいらの思いの丈を聞いて欲しいの〜。喰らえ、必殺、マシンガントーク!」
「うるせぇ」サムは無下にちゃっきーを押し潰す。
「ひぅ〜。たまにはおいらに出番をよこせ。喋らせろ、喋らせろ、喋らせろっ!」
「黙れ」バッシュはサムの拳の下敷きになったちゃっきーをさらにその手の上から押し潰した。
「むぎゅぅ。――」ちゃっきーは伸されてぺらぺらになった。
 バッシュはちゃっきーを潰して満足したのか、我に返って、慌ててキッチンに消えた。
「そ、それより、食材は無事か?」
「おいおい、幾ら俺でもそこまでひどいことは……」
「――してないようだな、安心したよ」ほっと胸をなで下ろしたような安堵の声が届く。
「少しは信用しろよ。てめぇはよ。もう、長い付き合いだろ?」
「長い付き合いだから余計に信用できん」
「あっそ。ま、いいわ」サムはふて腐れたように言った。
 その会話の流れを断ち切るかのようにデュレは言った。この集団にいて、黙っているといつまでたっても自分の聞きたいこと知りたいことに話題が移らない。
「しかし、どう考えても十二の精霊核の伝説をおさらいする必要があります」デュレはおもむろに腕を組んだ。「付け焼き刃で何かをやろうとしたところで、上手くいくはずがありません。確かに今までは成り行きでそれなりの成果は収めてこられましたけど――」
「え〜、あたし、勉強って大嫌いなんだよねぇ」
 と、セレスが言えば、デュレはもの凄い気合いの入った形相でセレスを睨め付けた。
「リボンちゃん?」リボンの方に振り向く。
「何だ?」渋々面倒くさそうに返事をする。
「隠していることを全部、包み隠さず正直に話してください」
 すると、リボンはとっても嫌そうな顔をした。
「どうしても知りたいのか?」リボンは念を押すかのように問い返していた。
「ええ。今後、マリスと対峙しなければならないことを考えると、避けられませんね」デュレは畳み掛けるように言った。「わたしたちがコテンパンにされてもいいのなら構いませんが……」
 デュレは片目を閉じて、右足でパタと床を一つ踏み鳴らした。
「あたしも知りたい」バッシュの声がキッチンから届く。
「バッシュもか?」困った様子でリボンはうなった。
「ああ、長年お前につきあってるが、トゥエルブクリスタルのことは一度も話したことはなかったよな。だから、聞きたい」
「俺にも聞かせろよ。なぁ、いいだろ?」
「――お前は久須那に聞いてるんじゃないのか?」刺々しい声色でリボンはサムを突き刺した。
「久須那に聞きに行くのも悪くはねぇな」サムは腕を組んで壁により掛かっていた。「どうせ、行かなきゃならねぇし。――マリスも待ってるだろうからなぁ」
「……全員で、地下迷宮まで行っても意味がないだろ? 狭いところでの大人数は機動力が落ちる。デュレとセレスと……オレと――レイアくらいか? あとはお留守番♪ 大人しくしてろ」
「あ、あたしは――」のけ者にされてはたまらないとバッシュはキッチンから駆けだしてきた。
「バッシュは黙れ」リボンは無下にバッシュを突き放した。「と言ってもな。バッシュの力はすぐに必要になる。それまで待ってろよ。まだ、……戦力は分散しておいた方がいい」
「ま、てめぇは真っ先に突っ込むからそれでいいだろうけどよ?」
「それはオレじゃなくて、バッシュだろ? 後先を考えず飛び込んで」とそこまで言って、リボンは急にセレスの顔を見た。「……厄介なのが一人増えてるよな? サム?」
「どうして、あたしの顔を見てそんなこと言うのさ。あたしは落ち着いてるっ」
 セレスはリボンの背中に馬乗りになって耳を引っ張った。
「だっ、だから、その辺りが心配だって言ってるんだっ!」
「リボンちゃんの言うとおりです。セレス。あなたは喋ると鐘の音ほどにうるさいんだから、音量をセーブしてオーバーアクションをやめてください。大体、この間だって大声を出すから、サムに見つかって、わたしは……」とっても嫌なことを思い出して、デュレは黙った。
「わたしは……?」リボンの背に乗ったまま、セレスは面白がって続きを促した。
「……サムっ。ちょっと、責任取ってくださいよ! わたしたちにもしものことがあったら」
「デュレの怒りの矛先を逸らすのうまいな、セレス」
 呆れたような、感心したような微妙な雰囲気を醸し出しつつ、リボンは言った。
「まあ、それなりに長い付き合いだからね」
「デュレ。もう、その話はいいだろう? いい加減忘れてくれよ」
「忘れません。そもそも、あなたには貸しが幾つあると思ってるんですか? スカートから始まって、沼の底の食器洗い、お部屋のお片づけ。洗濯までしたんだから。代償はまだ足りません!」
「サム……?」バッシュがサムに寄る。「お前、うら若き乙女にそんなことまでさせたのか?」
「い? 俺は別に。デュレが勝手に……」サムは恐れおののいて後ずさりした。
「問答無用だっ!」
 バッシュは壁にぶつかって逃げ場をなくしたサムに向かって特大級のゲンコツをくれた。
「て、てめぇはよ、手加減を知らねぇのか?」サムは頭を抱えて床に沈んだ。
「さてと……」バッシュはパンパンと手を払った。「邪魔者がすっきりいなくなったところで……」
「お話を始めて頂きましょうか? リ・ボ・ンちゃん♪」セレスはまだ背中に乗っていた。
「そろそろどいてくれ」うっそりとしたようにリボンが言う。
「あ〜、ごめんねぇ。つい」セレスは照れくさそうに後頭部をかきながら、立ち上がった。
「オレは……何も知らない方がいいと思うが」
 リボンは一同を見回し、デュレの上で視線を止めた。デュレはリボンの視線を受け止める。
「そうか……」リボンは一際淋しそうに言い放った。「伝説の真相。オレは知らない方がいいと思う。無知は時として罪。しかし、知っていることがいいこととは限らない。無用の知識はお前の判断を鈍らせるような気がしてならない」
「そのようなことは絶対にありません」デュレは不機嫌そうに言う。
「それはどうかな?」
 とリボンが言えば、デュレはムッとしたように唇をへの字に曲げた。
「聡明なお前なればこそ判断に窮するとオレは思うのさ。伝説の中身――勧善懲悪だと思うか?」デュレは首を左右に振った。「だろ? お前は割り切れない思いをする。ま、逆にセレスなんか、知っても知らなくても変わらないだろ?」リボンはニヤニヤしながらセレスの顔を見た。
「そりゃ、あたしがバカだって言いたいのかい? ひっどいわぁ、こ〜んな可愛いのに」
「ユニークだとは思ってるが、バカだと思ったことはないぞ?」
 ステキな笑顔を見せつつリボンが言う。
「……いつも思うが、その長い前置きは何とかならないのか? リボンちゃん♪」
 バッシュが珈琲を乗せたトレイを手にしてキッチンから現れた。しつこく詰め寄ったところでリボンは折れそうにもなかったので、説得は諦めたのだ。心中穏やかならざるものがあるようだが、娘の前であまり大人げない姿を見せられないと思いなのしたのか、珍しく大人しくしている。
「リ? リボンちゃん? お前はそう呼ぶなっ!」
「細かいことを言うな。ホラ」バッシュはトレイごと珈琲をテーブルに置いた。「時間がないと言っても慌てるほどでもないだろ? 珈琲を飲みながら、話をしろよ……」
「わたしもシリアから聞いてみたいですね、トゥエルブクリスタルの伝承……」
 バッシュの家に来てから黙ったままだったシェラが初めて言葉を発した。
「レイアもそうは思いませんか? シェイラル氏族に伝えられたものと、生き証人の語る伝説の相異を比べてみるのも一興だと、わたしは思いますよ……」
「同じではないと……?」シェラの傍らに佇むレイアが言った。
「確かに同じではないかもしれないな……」リボンは遠い目で天井を見上げた。
「ええ、あなたが見て聞いたものを私は知りたいのです」
「知ったところで、何も変わらないと思うけどな」
「そうではないと、わたしは思いますよ」
「そうか?」リボンはうつむき気味で切なそうだった。
「そうですよ。――そう考えているのはあなただけですよ。辛い思い出があなたを頑なにするのでしょうね……」優しく、その暖かさに逆らうことはできない。
「かもな――」
 その後、リボンは瞳に哀しみの色をたたえて、しばらく言葉を発しなかった。その時、デュレは伝説とリボンの過去が同一線上にあることを悟った。伝説を語ると遠い過去に封じ込めた哀しい思い出も共に甦ってしまう。だから、口を重く閉ざすのだと。
「……判った。いつか誰かに真実を伝えねばならないのだろうとは思っていた。……もっと、先のことだと思ってたし、ずっと考えないようにしてたからなぁ。心の準備が……」
 リボンは照れくさそうにはにかんでいた。そして、にわかに真顔になって、セレスを見上げた。
「セレス。まずはお前の知ってる“伝説”を言ってみろ」
「何で、あたしかなぁ」セレスは困ったように頭をかいた。「暗記ごとは苦手なのに」
「うろ覚えでも何でもいいんだよ。知ってることを言え」
「わ、判ったけど、ちょっと待ってね」
 セレスはうんうんと唸って思い出そうとした。その伝説を勉強したのは学生のことだったし、既に数年前の出来事。そう簡単に綺麗には思い出せない。興味のあることだったとはいえ、急に言われると伝説なんてひねり出せなかった。
 この間、デュレとちょこっとだけそんな話をしたような気もするが、霞を払うには時間がいる。
「え〜え〜。十二個の精霊核。協会がまだ黎明期にあった頃。一つの事件があった。……それは協会の秘術……天使召喚に端を発する……。え〜と。望郷の念。それが時の天使長・ジングリッドを狂わせた。確かぁ。その時の協会は、異端・精霊狩りをやってて、それを隠れ蓑にしつつ、彼は精霊核を集め続けた。今では禁断の魔法とされる異界との境界を破壊するためのエネルギーとするために。その為には十二個の精霊核が必要だったのよね?」
「何だ、よく知ってるじゃないか」感心したようにリボンは言った。
「けど、それだけじゃありませんよ。セレス?」デュレは腕を組んで片目を瞑っていた。
「うん、判ってる。それを阻止したのが、天使・久須那。申という退魔師、東方の出身だとなんかに書いてあったような気がする。……そして、思い出したの……」
 セレスはゴクッと唾を飲んで、言葉を切った。デュレはうなずき、セレスを促す。
「その記述の中にイクシオンって名前があった」
「それでその先は?」キッチンの戸口の壁により掛かったサムが言った。
「ともかく、その人たちでジングリッドを倒して、事なきを得たんでしょ? そして、傷んだ精霊核をシェイラルとレルシア枢機卿が封印してどこかに運んだらしいんだけど……」
 セレスは困ったような眼差しをデュレに向け、助けを求めていた。
「わたしたちが知り得た“伝説”はここまでです。教科書に載っている分は超えているけど。……たった、これだけを知るのに数か月かかりました。それなのに、精霊核のある場所も、その境界のあるところも、何も判りません……」
「想像以上に知ってるじゃないか?」厳しい視線が隣り合わせのデュレとセレスに届く。
「でも、これは表面的なことでさえ、欠けらに過ぎないんじゃないんですか?」
 研ぎ澄まされた威圧感のあるリボンの視線に負けずに、デュレはその瞳を冷たく見詰める。
「ふっ」リボンは瞳を閉じた。「まあ、そうだろうな。だが、普通はそこまでは知れないのさ」
 リボンは目を開くと、トタトタと歩き出してサムの傍らに佇んだ。
「……それとも、イクシオン。――お前が喋ったのか?」サムを見上げた。
「いいや、俺じゃねぇ。何でもかんでも俺のせいにするんじゃねぇよ。この犬めっ」
「い? 犬? お前、誰を捕まえてものを言っている。オレは犬じゃない。オオカミだ。せめて、オオカミと呼べ」
「だから、そんなのはどうだっていいから」
 バッシュはドンとテーブルを叩く。すると、リボンは瞳を閉じて微笑んだ。
「――そうでもしないと語れないのさ」
 リボンがそれほどまでに喋りたくなかった出来事は何だったんだろう。興味はそそられる。知りたかった伝説がリボンの口から知ることができる。未来のリボンは当然自分がデュレに過去を語ったことを覚えているのだろう。
「知っていても、教えられないことの一つ――」デュレは呟いた。
「そうとも言えるな」リボンはデュレが言いたかったことの意味とは別の解釈をした。自分の知ってることが正しいことだとしても後世に伝えるのは許されざることだという意味に。「だから、お前たちの知る“十二の精霊核”の伝説は全体の半分に過ぎない。つまりは……久須那が天使長になった辺りまでのことだな。残りの半分は……シェイラルと共に闇に消えたよ……」
「その通りですね」シェラは言う。「わたしたちにはもう少し知らされていますが……」
「そりゃそうだ。封印の維持管理はオレたちの役目だったからな。が……」リボンの瞳はシェラを捕らえ、厳しく煌めいた。「シェラはあのことのほぼ全体を見渡すことをできるはずだ」
「な、ちょっと、それはどういう意味?」
「あなたは少し黙って聞いてなさいっ」
 デュレは出しゃばりセレスの首根っこを捕まえて、自分のところに引き寄せた。それから、テーブルの椅子を引っ張り出して、無理矢理セレスを座らせた。
「シェラは察しているんだろう?」リボンは確信に満ちた口調だった。「当時、シェイラルとオレ……久須那もそうなるんだろうな。ま、いい。オレたちが“伝えなかったこと”を?」
「ええ……。でも、それをあなたの口から聞きたいのですよ。シリア」
「ずるいな。シェラも……」リボンはフッと瞳を閉じて、テーブルの周りを歩き出した。
「手の内は最後まで明かさないものです……」
「そうだな、正しい判断だ」そして、リボンはシェラの前に来ると足を止め、自分を視線で追い掛ける仲間たちに向き直った。「いいか、心して聞けよ? オレがトゥエルブクリスタルについて語るのはこれが最初で最後だ。聞き逃しても、二度とは話さない。それから、誰にも喋るな。例え、この街が滅ぶとしても、千三百年間、守ったものを壊さないでくれ……」
 リボンは一人一人の瞳を見詰め、その思いの程を確かめた。
「もちろん、信用はしてるがな」
 リボンはシェラの横に丸くなった。長い長い物語を語る準備をするかのように。
「……あれは千二百八十八年前だ。協会の再建もようやく落ち着いた頃で、マリスとレイヴンも協会にいた。みんな、仲は良かったよ。久須那もレルシアもシェイラルも――」
 その口調は暖かく、日向ぼっこをし、微睡みの中から語っているようだった。
「――そう、黒い翼の天使は……マリス、レイヴンの他にもう一人いたのさ――、名前は……」