12の精霊核

←PREVIOUS  NEXT→

16. the lost scene(失われた風景)

 協会の一つの時代が終わり、新しい時代の幕開けが迫ったころそれは起きた。レルシアが枢機卿に久須那が天使長へとそれぞれ昇進を果たした時代。異界からの天使召喚が禁じられる直前に黒い翼を持つ天使が数人召喚された。協会史に記されていない真実の一つ。その中にマリスがいた。
 協会大聖堂の回廊を白と黒の対照的な天使の翼が歩いていた。
「マリス。どうして、そう先を急ぐ。時間はまだある」久須那は言った。
「何をためらう必要がある? あの精霊核はすでに死んでいるんだ。しくじっているとはいえ、記憶のパワーを有効活用しているんだぞ。あと、二、三度、実験を繰り返せば、必要なパワーを計算出来る」
「しかし……」マリスの意図が判るだけに言葉に詰まり、言下に否定出来ない。
「実験室レベルでは意味をなさない」
 久須那とマリス。その考え方の差は協会天使兵団にも影を落としていた。マリスの言うように異界とここが恒常的に繋がれば、何不自由なく生活出来る。しかし、そのコトはさらなる惨事の可能性を秘めていた。久須那はいち早く気付き、マリスに何とかせめて解決策を見つけ出すまで、計画の凍結を訴えたが、マリスは聞き入れなかった。
「わたしはマリスのそう言うところが嫌いだ」
「……わたしは久須那のそう言うくそ真面目なところが好きじゃない」
 その時はまだ笑いあう余裕さえあった。
「しかし、マリスのやろうとしていることはっ」
「……判っている」マリスは真摯な眼差しを久須那に向けた。
「判っているなら、何故?」久須那は声を低くして、諭すように言った。
「わたしたちの住む世界とこの世界を一つに重ね合わせられたらいいと思う。召喚など必要ない。ヒトと天使が友達のような関係をもてるようにしたい。主従関係ではなく……。仲良く。久須那」
 マリスは不意に久須那に背を向けた。
「何だ?」久須那はイライラしたように腕を組んで、足をパタつかせた。
「……うらやましい」振り向き、流し目で久須那の愁いを含んだ顔を見澄ました。「――何者にも束縛されない、お前が……」
 マリスは久須那に微笑みかけ、手を振りながら立ち去った。

「……それにしても、セレスはよく一人で追い掛けていきませんでしたね。誉めてあげます♪」
 デュレはセレスの頭を思い切りよくなでなでした。
「あぁ、もうっ! ちょっとやめてよ。髪の毛がくしゃっくしゃになちゃうっ」
 髪の毛をぐちゃぐちゃにされてセレスは半分お化けみたいな格好になっていた。リボンはそんなセレスの姿を見てお下品にゲタゲタと大笑い。
「……ひどいぞ、リボンちゃん」
 セレスはニタッと笑って、シュッとしゃがみ込むとリボンを羽交い締めにした。
「お互い様だろ? オレの尻尾を笑ったバツだ!」
「何だと、この〜っ」セレスは拳でリボンの頭をゴリゴリとやった。
「こら、やめろ。オレで遊ぶな!」
 リボンは首を伸ばして逃げようとするが、セレスの腕力も侮れない。がっちりと締め上げられて、首がまともに動かせない。リボンは焦ってジタバタもがいてみたけれど、かえって仇になるようだ。
「……そこっ! 何じゃれてるんですか!」
 デュレはつかつかとセレスに歩み寄ると思い切りよくげんこつをくれた。
「うぐぅ……」セレスは脳天を両手で押さえてうずくまった。
「ちょっとでも隙を見せたらこうなんだから。どうにかならないのかしら」デュレは腕を組んで大きなため息をついた。右目を瞑って、もう一つため息。「リボンちゃんも、セレスと呑気にじゃれてるんじゃありませんっ! 全く、いい年こいて子どもみたいに!」
「面目ない……」リボンはうなだれた。
「……何だか、面白いチームですね。長い間にたくさんの人たちを感じてきましたけど、こういう独特の空気を持っている方たちはいませんでしたね……。レイア?」
「緊張感のない。の間違いじゃないですか? シェラさん」
 レイアはどうも釈然としない様子で辺りをろうろとしていた。どうして“こんなの”が久須那のシルエットスキルに認められ、尚かつ、玲於那に受け入れられたのか納得がいかない。かつて、自分もその試練に挑んだことがあるだけになお解せない。
「適度にほぐれていると思いますけど?」シェラはレイアがいると思しき方向に微笑みかけた。
「……適当に……ね」半分はふて腐れ気味だった。
「アルタを見たなら、確認しに行かないわけにはいきませんね。……アルタがわたしたちがここに来ていることを知らないとは考えにくいですけど。それでもアルタを出し抜ければ……」
 デュレが思っていることを色々と際限なく言葉にしていくと、セレスは段々と複雑な表情になってきた。自分の見たアルタが“父親”なのか、それとも、それより若い時のアルタなのか。セレスの名を書いたメモがあるから“父親”なのだろうけど、時を超えられるなら本当にそうだと言いきれるのか自信がない。
「……? どうかしたんですか、セレス?」淋しそうなセレスに気付いて、デュレは問う。
「うん……。あの父さんはあたしの父さんなのかなって……」
 セレスはどこか切なげな後ろ姿をデュレに見せていた。
「さっきは、『デュレに知らせなきゃ』って急いでたから、そこまで考えてなかった。でも、ホントはどうなんだろうって。バッシュはあたしを知らないようだったし」
 その言葉にリボンの耳がぴくっと反応した。どれだけ、そんなことはないんだ。と言いたかっただろう。でも、バッシュとの約束のためにリボンは何も言わなかった。
「セレスの存在に関わることですか……」
「そんなこと、よく判んない」セレスは髪を振り乱して首を左右に振った。「ただ、あたしはどんな顔して父さんに会ったらいいんだろうって」
 セレスはうつむいてギュッと手のひらを握りしめた。十二歳の時、シメオン遺跡を最後に九年間、父親の姿を見ていない。きっと生きてると信じていた。けど、それは自然の時の流れの中で再び出会うんだと思っていたのに。コトはセレスの想像を遙かに超えていた。
「……行くぞ、セレス。今まで消息を掴めなかったやつが自ら姿を現したんだ。見逃す手はない」
 そんなセレスの思いを知ってか知らずか、リボンは瞳をくるりと閃かせた。
「あ、わたしも――」デュレが身を乗り出した。
「デュレはダメだ」リボンは釘を刺す。「しっかりとレイアに仕込んでもらえ」」
「だ、そうですよ。では、早速、トレーニングを始めますか?」
 レイアはとてもにこやかで柔和な笑みを浮かべたが、それがかえってトレーニングが熾烈極まりないことを指しているようでデュレは辟易としてしまいそうだった。
「えぇっ? その前にセレス、ちょっと」デュレはセレスの服の裾を引っ張った。
「なん?」
「これを持っていってください」
 デュレはポケットから護符を取り出し、セレスの眼前にかざした。
「……あの、デュレって一体何枚の闇護符を持ち歩いてるのさ?」不思議で仕方がない。
「百枚以上。セレスのためにもあの三枚以外に数種類、予め用意しておいたんです。あれは安全の確認をとれた分だったのですが」
「じゃ、何? 今度のは?」心配になってセレスの顔色が曇る。
「フォワードスペルとバニッシュアイ。簡易呪文でもかなり怪しい挙動をしますから、闇護符だとどんなことになるやら予測出来ません。……でも、何があると判らないし、せめて、お守りの代わりにでもなればと……」
 デュレは珍しく自信なさげにこわばった表情をしていた。
「そんなの渡されたら、あたし使っちゃうよ?」いたずらっ子のように瞳をキラキラ。
「使ってもいいんです。ただ、気をつけてください」
「何に?」セレスはキョトンとした。
「フォワードスペルの向ける方向です! これは自分に向けてください」
「だ、大丈夫? 異界に放り出されたり、死んだりしない?」
「しません! フォワードスペルはきちんと座標指定までしてあります。……サムんちに……」
「な? 何でそんな危険地帯に決めるのさ。バッシュのうちにして」
「ダメです」デュレは片目を閉じた。「サムの家には精霊核がありましたよね?」言われて、セレスはうんうんと頷いた。「精霊核は独自のフィールドを形成します。言いたいこと判りますか」
 セレスは首を横に振った。
「つまり、フォワードスペルの痕跡が残らないってワケだろ?」代わりにリボンが答える。
「ええ、特に何も用意しなくても到達地点を抹消出来ます。でも、バッシュの家だと、リボンちゃんが手を貸してくれないとそんなこと出来ませんし。それに小細工してる時間も……何より物理的に不可能です」
「そりゃそうだ」
「それより、ねっ? 行っていいでしょ? ……あたしは父さんとあってみたい。……リボンちゃんが一緒にいたらいいでしょ? デュレ。無茶苦茶はしないから、ね?」
 セレスは両手を合わせてデュレを拝み倒しにかかった。さっきまで、すぐにでも泣き出しそうな顔をしていた癖にとデュレは思う。そして、またセレスの変わり身の早さに呆れつつも、羨ましくさえあった。と言っても、けちょんけちょんに自信を喪失した時は誰よりも始末が悪いけど。
「何が『ね♪』ですか。セレスが行ったら、どうせロクでもないことになるに決まってるんです」
 そして、デュレは大きくやるせなさそうなため息をついた。
「止めるだけ無駄なんでしょうけどね。……好きにしてください」デュレは諦めたように静かに言った。「それがそのまま、わたしたちの未来に繋がるんでしょうから……」
「じゃ、行ってもいいんだね♪」
 セレスはニパッと笑うとデュレの両手をとってぶんぶんと振った。それから、セレスは喜び勇んで飛び出していった。
「さっき来たばかりと思ったら、もう行っちゃったな、あれ――」
 レイアが呆れを通り越して、感慨深げに発言した。
「……どうして、あの娘はああなのかしら……」デュレは思わず頭を抱える。
「――もちろん、バッシュに似たからだろ?」デュレの横に立ち、ニヤリとしてリボンは言った。
「え、ぇえ? 今、何て言いました?」
 デュレは目をまん丸くして驚きを隠せない様子だった。リボンはそんなデュレを見澄ます。 
「さあ?」リボンは面白おかしそうに、意味深な表情を浮かべた。
「ねぇ、ちょっとリボンちゃん? いつまで待たせるつもり。あたしは気が短いんよ」出て行ったばかりのセレスが戸口からひょっと顔をのぞかせた。「早く行かなきゃ、ホントに見付けられなくなっちゃうよ? ここに来るだけで、時間、惜しかったのに!」
「バッシュはセレスのお母さん。――この時代、もう、既に……?」
 眉(?)を釣り上げて嬉しそうに尻尾を振るリボンを見詰めてデュレはつぶやいた。
「では、デュレは魔法のトレーニングと行きましょうか?」レイアは嬉々として言った。
「あ、あの、その、でも、わたし、体育会系ののりは得意じゃ……」
「優しく教えてあげるから、ね? 甘くはないけど」
 とっても優しげな笑みを浮かべてレイアは言うけど、その仮面の裏側は怖そうだ。端麗な容姿からするに情け容赦のない指導をしてくれるに違いない。レイアがほわほわ〜んとしたお姉さんでなかったのは幸いだったけど、デュレにあまりいい予感はない。ここにいる数日の間にやることを考えると、胃が痛くなってくるというものだ。やんちゃなセレスを相手にしてる方がちょっとはましかもしれない。
「じゃ、オレはセレスのお守りをしてくるから、デュレは頼んだぞ。シェラ、レイア」
「ええ、しっかりと頼まれましたよ、シリア。色々と画策を巡らせて、動き出すころには光の使える一流の闇の使い手に……」
 シェラの言葉にデュレの心臓は胸の中で大きく飛び跳ねた。どっちの魔法も覚えるのも大変で、デュレの使える数十の闇の呪文は覚えるだけで二、三年は平気でかかる。呪文を使いこなし、闇護符まで完璧に使えるようになるまでにはさらに四、五年かかってしまう。それも今度は光と闇の最高位魔法を短時間で習得し、使うのなんて無茶なことだ。
「……は無理でしょうから」シェラはにこりと慎ましやかな微笑みを浮かべた。「効率のよい呪文の発動の仕方を改めて教えますね。それだけで、レベルアップ出来ますよ」
「だからっ! リボンちゃん。いつまでくっちゃべってるつもりなのさぁあ? あたしのお守りをするんでしょ?」再びセレスが戻ってきて、腕を組み、足をぱたぱたさせていた。
「どこから聞いていた?」冷や汗が流れる。
「あん? 何も聞いてないよ。あ〜、またあたしの悪口言ってたんでしょ?」
「わ、わたしは何も言ってませんから、さっさと行ってください!」
「はは、すまんすまん。じゃ、さっさと行ってくるか――。しかし、オレたちがすぐに戻ってこない方がじっくりと修練出来ていいんじゃないのか?」
「よっしゃ! 出発っ」
 威勢のよいかけ声と共にセレスとリボンはシェラの教会をあとにした。
「どうした、バッシュ。さっきから落ち着かねぇぞ」
 サムは椅子にもたれかかり、頭の後ろで手を組んでいた。けど、瞳は油断なくバッシュの行動を追い掛けていた。バッシュは二人と一匹が出かけたあとからどうも落ち着きをなくしていた。胸騒ぎがする。ともかく何か嫌な予感。椅子に座ればお尻がむずむずとして座っていられないし、かといって立ち尽くす気にもならない。キッチンで洗い物……も集中出来なくて、お皿を二枚も三枚も割ってしまってこの始末。
「何でもない。気にするな」いらだしげな口調でバッシュはサムを睨め付けた。
「の、割にゃあよ? 冬眠前の熊みたいにうろうろ。シリアをセレスにとられて淋しいのか」
「うるさいぞ!」
 バッシュはくるりと方向転換すると、つかつかとサムに掴みかかるような勢いで迫った。
「あたしは淋しいんじゃない」
「じゃ、何だ?」
「う〜」思わずうなる。サムはテーブルに肘をついて面白そうににやついている。
「追い掛けていけばいいだろ。シェラのとこだろ? ここの留守は守ってやるから」
「サムに任せたら不安満載だ。それに、そもそも、レイアをこっちに連れてきて、向こうはあたしとお前で固めるはずだっただろ?」
「まぁな。……しかし、シリアが来るなっていったんだぞ」
「だから、あたしは我慢してるんだ」ついついオーバーアクションになってしまう。
「ほ〜う。シリアじゃねぇなら、セレスが心配で心配で居ても立ってもいられねぇってこったね」
「だから、違うって言ってるだろっ?」
「素直じゃねぇな、てめぇはよ」サムは冷め切った珈琲で乾きを潤した。
「余計なお世話だと言ってるんだ。いいかげん黙らないと、首を絞めるぞ」
「シリアでも、セレスでもないか。じゃ、アルタだな。アルタしかいねぇ!」
 サムの言葉にバッシュの顔面から血の気が引いた。デュレがおかしなメモがあると言っていたのを覚えている。そして、セレスが“アルタ”と言っていたことを。三百年も前にバッシュの前から消えた夫の名前。大切な一人娘をさらうように連れ去った男。
「アルタっ! どこにいる? 今すぐ教えろ!」バッシュはサムの襟を掴んだ。
「ちょ、首が絞まる」えへらえへらしていたサムも目を白黒させてうろたえた。
「絞めてるんだから、絞まるに決まってるだろ!」目が本気だ。
「お、落ち着けって」サムは椅子ごと押し倒されそうになるのを足を踏ん張って堪えていた。
「あたしは今までにないくらい落ち着いている。失神したくなければ早く言え! それとも、朝飯の恩を仇で返すつもりか?」
「早速、そう来たか。三百年ぶりの恋が眠りから目を覚ましたか?」
「――! まず、その減らず口を潰してやろうか?」バッシュの手にさらに力が入る。
「判ったよ。そう、カリカリするな」
「いつからいた?」
「一月、二月前でさぁ、旦那しゃま!」ちゃっきーが再びテーブルのど真ん中に現れた。「けど、やつの存在が判ったのはつい昨日、一昨日。いいけ? しょこでお立ち会い。愛しのマリスちゃまの強化結界が破られのは昨日。セレっちとデュレしゃまが現れたのも昨日。これが果たして偶然の一致と言えるのかぁ〜〜」
「……うるせぇ」ちゃっきーの口上にはサムが短くそう答えただけだった。
「何故、言わなかったんだ」バッシュはようやくサムの襟から手を放した。
「言ってどうなる? ここからアルケミスタまでエルフの森を抜けて三、四日はかかる。キャロッティ回りでも大差ない」サムはバッシュを見詰めて平坦な口調で言った。
「くっ!」悔しそうにサムを睨み、狼狽を隠そうともせずテーブルをぶっ叩いた。
「――」冷めた眼差しがバッシュを見ていた。「それによ、アルタがそこにいるとは限らない」
「いや、いる。――判ってるだろ、あそこの近くにはマリスを封じた洞窟がある」
 二人はしばし真剣な目つきで見つめ合っていた。
「――しゃあねぇなぁ。おい、ちゃっきー、てめぇ、ティアスを呼びに行け」
「Yes,sir!! ティアスのことならおいらにお任せ! 首根っこひっつかまえて連れくるぜぇ」
「……食われるなよ。ティアス……、てめぇのこと食い物としか思ってねぇから」
「心配ご無用! そう易々と食われるほど、おいらだってアホじゃねぇ!」
 と、ちゃっきーはテーブルから飛び降りると振り返ることなくトテトテと行ってしまった。
「……大丈夫なのか、あれ?」ちょっと心配げにバッシュは言う。
「ま、大丈夫だろ?」サムは目を閉じて頭の後ろで手を組んだ。そして、椅子を揺らす。「神出鬼没のあれの能力があれば、ティアスはすぐにでも戻ってくる……。かかっても小一時間かな」
「――そうか、ありがとう……」バッシュは少し恥ずかしそうに頭をたれた。
「へっ! てめぇがしおらしく礼を言うなんて似合わねぇよ。ま、これで朝食の分は返したぜ。ち〜とばかり払いすぎだとは思うがね?」
「生憎、おつりは用意していないんだ」
 バッシュは会心の笑みを浮かべた。

「マリス。……次のターゲットはエルフの森に定めたそうだな」
 久須那は回廊を歩いてゆくマリスを呼び止めて問い掛けた。
「そうだ。近場で、もっとも活力にあふれているのはそこしかない。それに……」
 そこまで言った時点で、久須那の脳裏にはマリスの言いたことが思い浮かんでいた。
「そこには六つ精霊核がある。わたしの計算が正しければ二つの世界の境界は永遠に崩壊する。焦がれた世界は永久に結ばれ……」
「天使と人の関係は改善される……か?」久須那は瞳を閉じて静かに言った。
「主従を強いる“召喚”が必要なくなれば、きっと、対等になれる……」
「だが、ジーゼに手を出すものはわたしが許さない」
「――久須那なら判ってくれると思ったが……」瞬間、ふと切なげな笑みを浮かべた。
「判っているさ」久須那は弓をギュッと握りしめた。「だが、わたしはマリスのそのやり方が気に入らない。どうしてもと言うのなら、わたしを倒してから行け」
「……久須那の口からそんな言葉を聞くとは思わなかった。しかし、お前がそう言う態度ならば、わたしは戦いも辞さない」マリスは瞳を閉じた。そして、久須那を視線で突き刺した。「……が、わたしに刃向かう……、それは違うな。弓を向ければ、お前の天使兵団の半数はわたしにつく」
「脅しているつもりか? わたしは屈しない」瞳がギンと煌めく。
「いいや」マリスは久須那の鳶色の瞳を見詰めた。「お前がこんな虚仮威しに乗るようなやつじゃないのはわたしが一番知ってる……。事実を述べただけだ」
「そうだな。だが、残りの半数がわたしを支持してくれるなら、それで十分だ」
 それから、協会史から抹消された戦いの日々が始まった――。